よしののブログ

独り言を書きます。

卒論

 卒論が辛すぎて無限に灰皿を汚していたら卒論の妖精がやってきて俺の原稿に一言「シャブセックス」と書いて消えていった(マジ)。シャブセックスって何だよと思ってディスプレイを眺めていたら今度は何でもシャブセックスを引き合いに出すの精があらわれて、「どう考えても卒論よりシャブセックスのほうが楽しいのに卒論のほうを取ったんだから、頑張れ!」って応援してくれた。というか、シャブセックスより楽しいことって人生においてそうそう無くない?シャブセックスを引き合いに出すのは流石にずるくない?と思った矢先にそいつは消える。あと原稿も消える。思えば中三の頃、シャブセックスにハマ、ハマってなかった、普通にモンハンしてた。モンハンやりてぇなぁ、笛、笛でよ、ドスファンゴを殴り殺してさ、オトモアイルーに卒論書かせるんだよ

 

君を待つ間 11/4の夢

 

 

 彼女は僕の先を歩くことが多かった。つかつか歩くのが勿体の無いような(「まるで小説の舞台のような、とでも考えてそうね」と彼女は笑いながら。)若葉茂る並木道だって、まるで沸き立つ情緒や感傷をあえて振り切るかのように急いて歩いた。僕は彼女の背中を眺めながら、彼女の抱える得体の知れない不安感を案じていた。しかし、一体何に?彼女には何かを振り切らなければならない事情があったのだろうが、それが二人の関係そのものなのか、結果的に二人の関係に影響を及ぼしたのかは今になってもはっきりしない。

 彼女の後姿を見れば、高校の授業中を思い出す。腐れ縁か天の配剤か、僕は彼女の後ろの席になることが多く、授業中の暇つぶしによく彼女の小川のように流れる黒髪をぼうっと眺めていた。彼女の髪にかかれば煤けた蛍光灯の光はたちまち春の麗らかな日差しに変わり、それでいて親近的ではなく、そこから詩の蜜酒を汲みだせそうな、論理さえ超越した蠱惑ささえあった。彼女は背筋をぴんと伸ばし、真面目に学生としての義務と権利を履行していて、そんな後姿を見ながら微かな情欲を感じる行為はかなり瀆聖的であり、後ろめたく思うと同時に正直なところ毎日の密かなたのしみでもあった。

 あるとき僕の視線に気がついた彼女は、プリントを後ろに回すとき、僕に向かって「触ってもいいよ」と言った。僕はその言葉の目的語を察するまでにかなりの秒数を必要として、それに気付いた彼女は口角を上げてニッと笑った後、小さく舌を出して前を向いてしまった。僕は自身の内に脊椎反射的に浮かび上がった邪な考えと、現実を認識したあとに浮かび上がる別種のよろこびとそれへの羞恥心でどうにかなりそうだった、と拙い表現を許して欲しいが、それが最適な表現だった。

 髪の件で少しずつ話すようになった僕たちは次第に仲を深め、周囲からの冷やかしに動じなくなってからまもなく恋人になった。

 彼女は決して恋人を演じることはしなかったが、しかし僕以外に見せる行動のひとつひとつがデフォルメチックで、後にその行動全てが「内心を悟らせないために一目で行動の目的と思考過程を推察させるために演じていたこと」を知る。以前の”舌を出す”行為も、きっとそのひとつだったのだろう。しかしそれは韜晦などではなく、彼女なりの気遣いであることも知った。彼女は人一倍誰がどう考えていて、今どういう言葉を投げかけるのかを繊細に判断していて、人間関係の円滑さを保ちながら、しかしその努力が彼女の心労を深めていた。それどころか、その心労を他人に負担させないように、自分の行動を簡単に推察できるように振舞うことで、周囲が発すべき適切な言葉を黙示していたのだから驚きだ。僕なんかは「すごい」で済む一言をぐだぐだと言い換えてしまうせいで、周りに理解するための努力を強いてしまうのに……しかし、不思議と彼女は僕のそんな部分に惹かれていたらしかった。

 

「きみといるとなんにも振舞わなくてよかったんだ」

 卒業式の帰り、片手に証書の入った黒い筒を持って、長い長いバスに揺られながら彼女はぽつりと言った。

「それは僕が朴念仁だからってこと?」

「違う違う、うーん、役割を超越しているような気がして、それが私もできそうな気がして」

「役割って?」

「わかんないけど、たとえば私の恋人であることとか、クラスの落ちこぼれであるのに、落ちこぼれ然としてないところとか」

「成績の話は置いておいて……十全に恋人であることを放棄しているつもりは無いけどなぁ」

 彼女は僕のとんちんかんな言葉にふふっと笑って続ける。

「そのね、予想した言葉と違う言葉が返ってくるのがおかしくって」

「でもさ、それって面白がってくれるのはありがたいけど普段の生活では結構支障を来たすような……」

「ほら、そういうところ」

なんとなく僕は彼女が突然「私って鳥かごの中の鳥なの」だなんて言い出しそうで身構える。しかし、彼女は僕の前では健気な小鳥を演じない。

「本当はもっと根幹の話でね、あのね、人って生まれながらに歩める人生って決定していると思うの」

「それは、先天的な問題?」

「というか、先天性が後天性に影響を与えるって話」

「見た目とか生まれた環境によって、同じ振る舞いでも許される人とそうでない人がいるみたいな感じ?」

「たぶん、きっと。といっても私の得意科目は数学だし、専門的な知識も無いから憶測だけどね」

 窓の外に映る漆黒の海を眺めながらぽつぽつと続ける。

「私は、こうして閉鎖的な田舎で青春時代を過ごすことを理解はしていても納得できないし、おそらく都会で生まれていても逆に同じ事を考えていたし、特に特徴も無いすがたかたちだから……いや、慰めを期待しての言葉じゃなくて、といってもきみは安易な慰めなんか私にくれないだろうけど。……とにかくそんなだから、クラスを纏めるだけのリーダーシップも無ければ、逆に黙々と本を読むタイプでもなくって……」

「ヒトに分類されているのにヒトの内でも遺伝子や外的評価基準に役割が細分化されてしまっていて、それが納得いかない、みたいな」僕は~的、~化みたいな表現が好きではないのだけれど、そういう曖昧な表現をして、解っていないのに解ったふりをする。

「たぶん、だから役割を振舞うことに執心してしまっていたけど、本当はもっと色々な人生を歩んでみたかったなって。」

 バスが走行距離を延すにつれ、窓の外からは少しずつ光が消えていく。これから僕らは山と海に囲まれたちいさな闇のなかに帰るのであり、彼女の言葉はさながら闇におびえる少女の悲鳴のようであった。

「いつかここを出て、きみを必要としなくなりたいな」

 僕はやっぱり朴念仁で、彼女の言葉の真意を掴めないでいる。

「それって」

「違うの、陳腐な別れ言葉ではなくて、きっかけをくれたきみが今いて、これからはいない人生も経験しなきゃなと思うの」

 返すべき適切な言葉がわからない。わからないからこそ、彼女が真意を口にしているのだということが痛切にわかる。

「どこかに行くの」くっっっだらない質問をする僕。どこかってなんだよ!

「卒業して出ようと思うの」どこを!どこに!

 彼女の呟きは必要以上に大きく響いて、そのときやっとバスは僕ら以外の乗客を全て吐き出していたことを知る。僕は突然ひとりで世界に放り出されたような気がして、次いでこういう時に煙草を吸いはじめたりするのかなと思いつく。世界でいちばん下らない役割の克服の仕方だ。そこから彼女に何を話して、どうやってバスを降りたのかはわからない。窓に寄りかかる黒髪がかげをのこしてフェードアウトしていく。

 田舎では日が暮れると煙草の一つも手に入れられない。

 

 それから僕は地元の旅館で板見習いをすることになり、修行にはげむ最中に彼女が田舎を出て街で働き始めるという話を風の噂で聞く。僕たちはきちんと別れられないままあれからすっかり疎遠になってしまって、僕の胸の中では小火がずっと嫌な臭いを立てて燻っていたが、彼女も同じであるかを確かめるのは今更野暮な気がして、11桁の番号をずっと入力できずにいた。

 嘘だ、違うな。本当は彼女に置いていかれるのを初めて怖いと感じてしまって、また彼女が忌避する決定論にそのまま従ってしまった自分を見られるのが怖かったんだ。

「おい、栄螺くらい焼けるか」板長が皿を整理していた僕に向かって怒鳴る。

「できます!」僕も気持ち怒鳴り返して、栄螺をスチロールから取り出すと網に並べて七厘に火を点ける。夕陽は水平線にすがたを隠す直前で、それを鑑賞してから宿に戻るお客様に備えて厨房はてんやわんやだ。そんないつも通りの厨房だが、この日は突然喧騒をかき消す大声が鳴り響いた。

「沖、電話」

 女将さんがこちらを睨みながら電話の子機を振っている。

「そんな、今はちょっと」

「なんか急な話なんだってさ、あんたの友達から」

 僕はゴム手袋を外し慌てて厨房を飛び出すと、かけ直しを頼もうと女将さんから子機を引っ手繰って怒鳴ろうとする。

「なぁ、今忙しいから、あとかけるなら僕の携帯に……」

「沖、燈瀬さんもう直ぐ出発らしいけど、お前会いに行かないのか」

 電話の向こうで元クラスメイトが僕より先に怒鳴り。僕の胃の底は一瞬にして冷えて固まる。

椿温泉のバス乗り場17時24分、お前んとこから10分くらいだろ、急げ」

「ありがとう」

 僕は時計を見る。8分後。自転車で飛ばせば間に合うか――!?僕は子機を放り投げて厨房に戻る。

「板長、早退します!」

 普段は何を言われても何一つ反駁しない僕をオカマ野郎だと認識していた板長は驚く。僕は最低限七厘の火を止めるとゴム手袋を蹴飛ばして厨房を出ようとする。オカマ野郎の役割でも何でも後で演じてやるから!今だけは!

「沖、お前どうなるか分ってるんだろうな」こんな最忙時に、という語尾を飲み込んで

ドスの効いた声で脅す板長。

「すみません、後で必ず埋め合わせをするので」

「何があった」

「大切な人と、最後に話さなければならないので!」

 板長は僕の背中をばしんと叩くと、何も言わずに厨房の奥に姿を消す。

 残り7分。

 

 ぎしぎしぎし、と中学から愛用するママチャリが悲鳴を上げて坂道を下る。下り坂でよかった、なんとか間に合ってくれよ――

 山間の坂道を下ると次第に眼下に真紅の海が広がってゆく。海沿いには墓標のようなホテルがいくつも立ち並んでいて、その合間を縫うように道路がくねくねと走っている。彼女とバスに乗って何度も通った道だった。都会はどこにでもあるようなビルとコンビニに囲まれている一方、田舎にはそこにしかない海や山や特徴的な建物群があって、本当は田舎のほうが代わり映えして情緒的ではないか、と常々思うのだが、おそらくそれは彼女との思い出をそこに投影しているからであって、あまりにも主観的すぎるのだろう。そして、彼女は変革のために、その情緒を捨てることを選んだのだから……そこに介入の余地は今更無い。

 ならどうして今僕は必死に自転車を漕ぎ駆けている???

 僕は、我侭なんだ。彼女だって我侭だけれど、おそらく彼女の考えを僕が理解できてしまった時点でそれは我侭でなくなってしまっている。僕は最後の最後で彼女が求めた理解者であるよりも、恋人である役割を全うしようとしてしまっている。

 いや、役割なんかじゃない!いい加減素直になれ!

 観光客とすれ違う。彼は汗だくの僕を見てぎょっとする。僕は目もくれない。磯のにおいに混じってかすかに排ガスの臭いがする。僕が下る坂道と海沿いの道路の交差点に、小さなバス停の看板と、見覚えのある細いシルエットが立つのが見える。しかし、海が反射する夕陽のせいでうまく視認できない。くそ、こんな終わり方なんかあるか!

 バスは停留所に到着して、細い影を飲み込んで走りだそうとする。

 僕は坂を下り終えると、自転車を乗り捨てて走ってバスを追いかける。走るのは青春の特権だと誰かが言ったが、それは傍から見たとき意見なんだよなぁ!しかし頭のどこかで、今のこの構図は、なんというか彼氏を全うしているなぁという気持ちにもなって、最低な僕が最低であるままを諦めかけようとした瞬間にバスが停止して拍子抜けする。

 僕は息を荒げながらバスが開けた口に乗り込み、半年ぶりに見慣れた恋人の後姿を見る。彼女は振り返り、それから僕に気付くと大げさに驚きもせず、どこか諦めた表情で少し笑って。

「髪、触っていいよ」

 彼女の真っ直ぐ下に伸びていたはずの髪がゆるい波を描いて。違うな……これは、僕の視界が潤んでいるせいだ。畜生、もっとちゃんと見なきゃいけないのに……。

 

 僕は次のバス停で降りなければならない。それが彼女との約束だった。しかし、財布を置いてきてしまった僕は最後の最後に彼女に運賃を借りなければならないという失態を犯す。彼女は財布から小銭を取り出しながら、「相変わらず予想を裏切ってくれるね」と笑いながら言う。僕は小銭を受け取りながら、一つ賭けに出る。「いつか、返すから」と。彼女は僕の予想を裏切って、「わかった」と言うと、窓の外に目をやる。僕もつられてそれに従う。いつかと同じように、夕陽は沈み、夜空には星が浮かびはじめていた。

「本当はもっと話しておくべきだった」と、僕。彼女は目を伏せる。違うんだ、謝らないで。

「説得とか謝辞だとかじゃなくて、単純に話したかった」

 彼女は言葉を止めない。

「もっと愛してるといいたかった」

「髪だって触りたかったし、同じペースで歩いてみるのも悪くなかったかもしれない」

「私、妙な意地を張って……話すと後悔するのが目に見えていたから、」

 ごめんなさいじゃない、違うんだ、そうじゃない。

「どちらが悪いって話じゃなくて、それはきっと野暮だから」

 僕は何一つ解決しない返答をする。

「恋は共犯関係ってこと?」

 彼女は冗談を言っておどけた笑顔を取り繕おうとして、失敗する。僕はそれに気付かないふりをする。彼女が提示した文脈に乗れば、おそらくお互い一生素直になれなくなりそうで。彼女は僕の意図を繊細に汲み取ると諦めたようにため息をついて、降参したように白状する。

「私、やっぱり好きだった。あなたを好きになれて本当によかった。」

 停車ボタンが蛍のように薄闇に浮かび上がる。そろそろか。田舎のバス停は間隔が広くてよかっただなんて思うことはこれが最初で最後だろう。

 僕は彼女の頭をそっと撫でたあと、静かに立って「気をつけてね」と言おうとする。しかし、唇は正直で、気障な形に動いてしまう。

 いつまでだって待ってるから――。

 

 恋は役割でもなければ、読書経験をなぞるだけの単純な作業でもない。人は役割に縛られ逃れながら、自然と湧き上がる気持ちに抵抗できなくなる。その気持ちのことを恋と呼ぶのだから。煙草でも吸いながら歩いて帰ろうか。離れていく君に見えるように大きく手は振らない。それはいかにも物語的すぎて、最後は僕と彼女の現実のまま結びたいと思ったから。